1172日野原重明さん

聖路加国際病院名誉院長で、今年7月18日に亡くなられた日野原重明さんに関する情報を紹介します。出典は河北新報(共同)2017年7月19日付、朝日新聞同日付

日野原重明さんの歩み
1911年
10月4日 山口市に牧師の息子として生まれる
1937年 京都帝大(現・京都大)医学部卒業
1941年 聖路加国際病院で勤務
1970年
3月   よど号ハイジャック事件に遭遇
1974年 聖路加看護大(現・聖路加国際大)学長に就任
1992年 聖路加国際病院院長に就任
1996年 聖路加国際病院名誉院長に就任
1999年 文化功労者に
2000年 「新老人の会」を結成
2001年 「生き方上手」を出版、ベストセラーに
2005年 文化勲章受章
2017年
7月18日 105歳で死去

■取り組みや功績
・人間ドックを先駆的に開設するのに携わる
・成人病に変わる呼称として「習慣病」を提案、のちの「生活習慣病」へ
・患者本位の医療を提唱、看護師教育の充実に努める
・「新老人の会」を設立、高齢者が積極的に社会に参加、貢献する意義を説く
・90歳で刊行したエッセー集「生き方上手」がベストセラーに
・医療現場に音楽を採り入れる音楽療法の普及のために本音楽療法学会を立ち上げる

■人生に影響を与えた主な経験
・医学生の時に結核で1年休学
・よど号ハイジャック事件で偶然飛行機に乗り合わせ人質となる
・地下鉄サリン事件では陣頭指揮を執る

■語録(インタビュー時の言葉)など
・「人生はゴールの時まで向上できるし、希望がある」
・「患者の身体的、精神的な苦痛を、身をもって学んでいます」
・「上手にフィナーレに持っていくのが医のアート」
・「勇気を持って老後の生き方を選ぼう」
・「人はいくつになっても生き方を変えられる」
・「人生は後半が勝負」
・「あの事件(よど号ハイジャック事件)で人生観が変わった。与えられた命を人のために捧げようと思った」
・「医療界のリーダーになれるような人材を育てる機関を作りたいと思っているんです。東京オリンピックまでには手をつけられると思う」」

医師中心からチーム医療への転換を訴え、看護師教育にも力を注いできた。病だけではなく、患者そのものと向き合うケアに力を入れ、終末期医療も積極的に導入。(河北新報)

 

物事をそのまま受け入れ、点ではなく線や面で考え、理想とする未来から組み立て、常に相手のためになることから行動する日野原重明さんの生き方・人生観を感じ取れる記事内容です。2012年に一線を退いてからも、現役医師として車椅子で移動しながら緩和ケア病棟を訪問されていたと言います。

地域医療包括ケア、セルフメディケーション。国民の健康や医療を取り巻く環境はまさに「チーム制」となってきています。来年2018年度は診療報酬と介護報酬の同時改定の年となり、大きく制度が変わると言われています。「公助」から「互助」へ、そして「自助」へ。現在の社会保障制度は全てを国が行う「公助」から国民同士で協力し合う「互助」へ移っています。介護保険料も大企業社員が中小企業社員よりも多く支払うことになります。所得に応じた社会貢献制度に変わっています。最終的には、自分の健康は自分で守る「自助」社会となります。

自ら情報から仕入れ、未来を予測し、計画的に行動することが自助です。2018年度の同時改定では「公助」をさらに押し出したものが出てくると思います。2016年度の診療報酬改定では、大学病院等における紹介状なしの初診については、初診料の他に五千円から一万円程度の料金が加算されるようになりました。ちょっとした疾病なら近くのかかりつけの診療所に行きなさい、ということです。

病院も緊急度や重症度に応じた処置に優先度を上げているのです。日々の自分の健康状態を客観視して、毎日健康で充実した時間を送られるようにしていきましょう。「人はいくつになっても生き方を変えられる」、今日紹介した日野原重明さんの言葉で最も好きな言葉です。明るい未来を作る生き方をしていきたいですね。

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